「広島での学生による差別事件」糾弾要綱

「広島での学生による差別事件」糾弾要綱



全国のきょうだい、たたかう仲間に訴えます!
約束した事実確認会からの逃亡を許さないぞ!
                           
 私は差別をなくすために福島町で広島支部青年部長を引きうけ、修道大学の人権サークルをたちあげてたたかってきました。

 さらに仲間を求めて積極的に全学連に加入し、討論を重ね信頼関係をつくり、とりくんできたのです。8月末「7月テーゼ」の学習会で、討論が行われたたとき耳を疑うような発言が次々と私に浴びせかけられてきました。

 「全国連のことしか考えてない。」「戦線主義だ」
 「住宅家賃値上げ反対闘争は物取りだ」
 「中田書記長はリーダーとしてふさわしくない」
 「全国連を新体制にすべきだ」

などと差別発言がなされたのです。

 私はこれらの発言どれひとつとっても絶対に許せません。聞いた瞬間、頭はまっしろになりました。仲間だと思っていた学生から一斉にいろいろな差別発言がこれでもかこれでもかと繰り返されたのです。ある種のショック状態におちいりました。そのひとつひとつが私の心臓をつきさしていったのです。

 私は必死で反論しましたが10人近い人からの居直り発言、はなから私が間違いだと頭ごなしに決め付けた異常な雰囲気でした。結局、夜中の12時過ぎまで続き、物別れで終了しました。

 この学生たちは人間解放と言っているけど何もわかっていないのではないか、と大変な不信感をいだいたのです。

 16年間全国連のリーダーとして血をながして闘ってきた中田書記長にたいして「リーダーとしてふさわしくない」とはどういう神経なのか! 住民が生活ぎりぎりで闘ってきた住宅家賃値上げ闘争をものとりとは、どういう思想なのか! ふざけるな! 一部の学生からどうしてこんな言葉を言われんといけんのんか、本当に理解できません。

 一緒にたたかっているからまだ部落差別を理解していると思っていました。私は、大きな錯覚をしていたと思いしらされたのです。

 同時に差別の重さをひしひしと感じています。

 学生たちは自分の主張がわたしに通用しなくなったときに本音が差別としてあらわれてきたのだと思います。更に許せないことに、差別糾弾闘争を学生のNが公然と否定したことです。

 電話でのことです。事実確認をしようと待っていたときに、私のところへ電話で「そちらには行けない」、「玲ちゃん、糾弾は相手の人格を否定することになるんだよ。」と信じられない言葉が返ってきました。

 そのとき、私と私の闘いが全否定されたような気持ちに襲われました。

 また別の時には、学生KとNが「全国連会館を売ればいいじやん」といいました。

 人権サークルの女性解放に興味がある子に対して「女性解放を学ぶ? むしむし! そんなん無視すればいいんよ。前進読ませんさい。」とKが私に言いしました。それに対して私は何と傲慢な人だろうと思いました。

 学習会のとき、また電話での発言がどんなに私に苦痛を与えたのか、わかろうともしない彼らにどうしようもない怒りがわいてきました。

 1970年、三次高校の当時18歳の弓場美恵さんが抗議自殺したことを聞きました。

 交際していた広大生Iが親を引き連れて「部落民は黒い血が流れている」「だからそういう者とは付き合うことはできない」と差別し、そのショックで抗議自殺をはかり(未遂でおわり)信頼していた担任の先生(日本共産党)からは「橋のない川」上映糾弾を抑圧され、そのため絶望し、服毒自殺をはかりました。重たい差別の中でこの世を去ったのです。

 この話を聞いたとき弓場さんの無念のおもいはどんなだったろうかと涙がこみ上げてきます。

 差別され、糾弾を否定された部落民がどんな思いにさせられるのか、どうして自殺にまで追いやられたのかを人間のハートで受け止められない人は人間失格です。ましてや人間解放にたずさわっている者であればなおさらのことです。

 古い解放同盟が転向し、差別が吹き荒れている今、たたかう全国連こそが希望の星なのです。狭山の石川一雄さんやこの全国連を彼らは否定しているのです。
全国の兄弟たちから希望を奪うことは、差別の中で死ねと言っていることと同じです。だから私は、全学連の一部の学生とそれを擁護している人たちを闘っている人だと認めません。徹底糾弾で全面自己批判をさせるのみです。私はまだ未熟で力は足りません。だから、私に力を貸してください。このたたかいは絶対に負けるわけにはいきません。

 大げさな表現かも知れませんが差別糾弾闘争と全国連の存亡がかかっていると思うのです。ともに部落完全解放に向かって団結しましょう。たちあがって闘いましょう!
 



「広島での学生による差別事件」糾弾要綱
「広島差別事件」糾弾闘争への、すべての部落大衆と労働者の決起を訴える!

部落解放同盟全国連合会中央本部
部落解放同盟全国連合会広島支部

はじめに)

 昨年8月、広島において、部落解放運動と階級的共同闘争を破壊する重大な差別事件が発生した。

 この事件は、直接には、広島の「マルクス主義学生同盟」(以下「マル学同」と略す)に所属する学生が行ったものだ。だが、これにたいする事実確認の要求にたいして、当該の学生だけでなく、マル学同の「上部組織」にあたる「革命的共産主義者同盟」(以下「革共同」と略す)の政治局までが「差別事件はデッチあげだ」「事実確認会には応じる必要はない」などという態度をとって開き直り、共闘諸団体、諸個人にたいして全国連による糾弾闘争にたいする敵視をあおるという驚くべき事態が起こっている。

 全国連は、ここに、直接の事件と関連する経過の全容を明らかにし、部落解放運動と階級的共同闘争の原則をかけて、組織をあげた糾弾闘争に立ち上がるものである。同時に、このたたかいは、帝国主義の戦争と階級支配とたたかうすべての労働者にたいして階級的団結と、その原則を問い、復権するたたかいでもある。すべての労働者が、全国連とともに、この糾弾闘争に立ち上がることを心から訴えるものである。

1)事件の概要

ⅰ、「マルクス主義学生同盟」(中四国)の合宿での差別発言

 ●昨年の8月29日、広島で行われた「マル学同」の合宿で、「全国連は物とり主義だ」「住宅闘争がそうだ」という発言が参加者から行われた。

 この発言は、この合宿に参加していた部落出身の学生活動家Aさんの、「マル学同と革共同は、部落解放運動にたいしていかに関わるのか、いかにたたかうのか」という質問にたいしてあびせられたものである。Aさんは、全国連広島支部の青年部長であり、また、学生運動(全学連)の活動家でもあった。「マル学同」は、全国連と共闘関係にある「革共同」を構成する団体である。

 ●合宿のなかで、Aさんは、この発言が住宅闘争や全国連のたたかいにたいする間違った認識にもとづくものであり、全国連との共闘関係を破壊するものだと思い、必死で反論したがくつがえせず、悔しい思いをしながら帰った。しかし、このまま放置すれば、住宅闘争に悪影響をおよぼしかねないばかりか、全国連が創立いらい取り組んできた階級的共同闘争に亀裂をもたらすことになると思い、Aさんが所属する全国連広島支部に報告、告発した。

ⅱ、事実確認のための討論を求めたことにたいする敵対

 ●Aさんの報告によると、合宿での上記した発言だけでなく、Aさんは合宿を前後する時期に、N君やKさんなどのマル学同の学生から、「中田書記長はリーダーとしてふさわしくない。全国連は○○と○○の体制にすべきだ」とか、「(福島町の全国連会館を)売ってしまえばいい」などという話を聞かされていた。中田書記長にかかわる話は、全国連という一個の大衆組織の私物化につながりかねない重大な内容をもつものだが、ただ、これらの発言は非公式の場で行われたものであったことなどから、Aさんは公にするのをさけてきたということである。しかし、合宿での発言を聞いて、このままでは本当に全国連の団結と共闘関係にひびが入りかねないと判断し、報告したのであった。

 ●当初、この合宿での発言じしんは住宅闘争と全国連にたいする重大な差別的発言ではあるが、「革共同」(マル学同)のメンバー同士の討議のなかで行われたものであり、「革共同」の組織内での討議による自主的解決が望ましいとの判断から、全国連としてはいったんは「革共同」内の討議に解決の道をゆだねるという判断にたった。

 ●しかし、当事者らは、そのために設定された10月4日の事実確認の場への出席を拒否、あまつさえ、出席を求めるAさんらにたいして、「差別などしていない」「糾弾は人
格を否定する行為だ」「(Aさんは)団結を破壊しようとしている」などと言って恫喝を繰り返し、マル学同と革共同内での事実確認のための討議から逃亡した。

 ●こうした経過から、広島支部は全国連中央本部との協議のうえで、正式に全国連広島支部による事実確認会の開催を決定し、関係者の出席を要請したのである。この事実確認会(第1回目)は10月15日に行われた。この場で、当事者らは、いっかんして「差別などしていない」という開き直りの態度をとり、Aさんや広島支部の役員にたいして「おまえが悪いのだ」などとする傲慢な態度をとりつづけたが、次回(第2回)の事実確認会を11月15日に開催すること、その場に出席することを約束した。

 ところが、その後、当事者らは、部落大衆の前で約束した第2回の事実確認会への出席を拒否、そればかりか、「(Aさんらが)差別事件をでっちあげている」などと、全国連と共闘関係にある団体や諸個人に吹聴しはじめたのである。また、革共同の政治局は、「差別事件はデッチあげだ」なる規定を行い、差別事件の当事者らを組織をあげて擁護するばかりか、全国連に分裂を持ち込み、全国連が創立いらい血みどろのたたかいを通してつくりあげてきた階級的共同闘争の陣形を破壊しようとしているのである。

 ●まさに、驚くべき差別事件である。この一連の出来事は、たんなる「部落差別発言」ではない。全国連が血と汗を流して部落大衆とともにたたかいぬいてきた住宅闘争にたいする敵対であり、部落解放運動の命ともいえる差別糾弾闘争を否定し、差別糾弾闘争を基軸にしてつくりあげてきた階級的共同闘争を解体しようとする、部落解放運動破壊の一大差別事件である。

2)事件の性格について

ⅰ、住宅闘争(住宅家賃値上げ反対闘争)にたいする罵倒と敵対

 ●この事件は、まず第1に、マル学同の学生による住宅闘争にたいする許し難い敵対であり、全国連(部落解放運動)にたいする差別的な反感をあおる、許し難い行為(主張)である。

 ●「住宅闘争は物とり主義だ」という主張は、それじたいが根本的に誤った主張であり、住宅闘争とたたかう部落大衆にたいする敵対である。

 住宅闘争は、たしかに、直接的には、住宅家賃値上げに反対し、「一律低家賃」を要求するたたかいである。しかし、それは、「家賃の額」を争うたたかいなどではない。部落大衆が「ムラ」に住む権利、差別とたたかう権利そのものをかけた根源的なたたかいなのだ。

 そもそも、同和住宅とは、部落大衆が差別をはねのけて居住と生活を守るためにみずからの土地、家屋、店子権などを「ムラ」全体のために提供して建てられた住宅である。公営住宅という形はとっていても、それは、部落大衆の共有財産であり、その建設と維持は、部落差別にたいする国と行政の賠償の意味を持ち、行政が勝手に家賃の値上げなどを行うことは許されない。

 問題になっている「応能応益」による家賃値上げは、以上のような同和住宅の歴史的成り立ちを国と行政が勝手に変更し、「もう部落差別はなくなった」と事実をでっちあげて、部落の共有財産である住宅を部落大衆から奪い、現実には払えない家賃を要求して、部落大衆を住宅からたたき出そうとする攻撃である。実際に、多くの部落で部落大衆が住宅から追い出され、「ムラ」に住むという形でつくりだされてきた差別とたたかう団結が解体されている。同和住宅の家賃値上げは、直接に部落大衆から居住の権利を奪うだけでなく、部落解放運動の土台をなす、「ムラ」という形での部落大衆の共同体的団結を破壊し、「ムラ」を解体し、ばらばらにしようとする恐るべき大攻撃なのだ。

 だからこそ、住宅闘争とは、「家賃をいくらにするのか」などをめぐるたたかいではなく、部落大衆が部落に住んで、差別とたたかうために団結するという部落解放運動の根本を守り抜くたたかいなのである。同時に、本部派や融和ボスなどによってばらばらにされてきた住民が、旧来家賃の供託を基礎として団結し、ムラに住み、差別とたたかう団結を新たにつくりだすたたかいである。

 ●福島町における同和住宅の建設は、部落大衆と在日朝鮮人の人々による血と汗の実力闘争によってかちとられた。

 福島町は大雨が降れば地域全体が水浸しになり、たびたび床上浸水におそわれるという状態であった。また、多くが「6畳一間に9人家族が寄り添うように寝ていた」(住宅闘争に立ち上がった人の証言)状態であった。国と市は、こうした差別の実態を放置しつづけただけでなく、福島に隣接する太田川の改修・治水工事をはじめるにあたって、何の保障もなしに部落の過半を立ち退かせ、川底にしずめようとしたのである。

 これにたいして、福島の住民は、若者だけでなく婦人やお年寄りまでムラぐるみで立ち上がり、工事のトロッコを実力で阻止するなど命がけのたたかいをたたきつけた。こうしたなかで、貧しくとも住み慣れた自分たちの家や土地を提供して同和住宅を建てさせたのである。それは、法律によって建てられたようなものではなく、まさに、差別にたいするたたかいによって実力でもぎりとったものなのだ。

 また、福島町住民の住宅家賃値上げ反対のたたかいへの決起も、この建設時の実力闘争をよみがえらせるものであった。広島市行政は、最初から「明け渡し」の裁判をかけてきた。広島における住宅闘争は、はじめからこの「明け渡し」にたいする実力闘争としてたたかわれている。行政と結託して福島を支配する本部派、地域ボス、やくざ、共産党などによる「村八分」のいやがらせや妨害をはねのけ、なかにはそのストレスから血尿を出しながらも歯を食いしばって耐えた人もいた。まさに、住宅闘争は、住宅を勝ち取った地域の団結を破壊しようとする反動的な地域支配を乗り越えて、差別とたたかう新たな団結を打ち立ててきたのである。このたたかいは、「物とり主義」などとはまったく無縁な、差別糾弾闘争そのものであり、差別とたたかうムラの団結を復権しようとするたたかいそのものである。

 ●「住宅闘争は物とり主義だ」などという主張は、住宅家賃値上げを強行して、部落大衆をムラからたたき出そうとする行政権力の主張に他ならない。部落差別との血みどろのたたかいをつらぬき、そしていま再び、差別とたたかう新たな団結を打ち立てようとする部落大衆と在日朝鮮人の人々にたいする限りない侮辱であり、敵対である。断じて許されない。

 現在、住宅闘争は、当該の広島・福島町をはじめ、大阪・西郡、兵庫・芦原、番町、奈良・古市、西之阪などにおいて、「明け渡し」や「差し押さえ」の攻撃に直面し、部落大衆はこれと対決してムラ(住宅)に住む権利を実力で守り抜いていく団結とたたかいの道筋をつくりだしていくために苦闘している。まさに、このときに、「住宅闘争は物とり主義だ」などと偉そうな態度で罵倒した学生の行為は、命がけでたたかう部落大衆に唾をはきかけ、そのたたかいを土足でふみにじる行為に他ならない。

 ●また、「全国連は物とり主義だ」という発言は、住宅闘争にとどまらず、部落大衆の「同和対策事業」の要求を、「物とり主義」だとして罵倒し、否定するきわめて差別主義的な主張に他ならない。

 たしかに、「同和対策事業」は、差別糾弾闘争を解体し、部落解放運動を買収し、腐敗させ、解体しようとする性格をもったものである。じっさいに、帝国主義権力の「同和政策」(戦前は「融和政策」)は、利権による融和ボスの育成をテコとして部落を支配し、部落解放運動への部落大衆の決起を予防する目的をもって行われてきた。

 しかし、同時に、「同和対策事業」は、部落大衆の生きる権利そのものであり、部落大衆が実力をもってその実現をたたかいとってきたものでもある。「同和対策事業」は、事実として、住宅建設に象徴されるように、国と行政を揺るがすような、巨大な、大衆的実力闘争なしには、1円として予算がつけられることはなかったのだ。「行政は一生懸命やってくれた」などと主張する大賀のような権力の手先に決してだまされてはいけない。部落民のために使う予算などないとする国と行政を実力で糾弾して、部落大衆の生きる権利をたたかいとったものこそ「同和対策事業」なのだ。

 よく、「物が大事なのではない、団結こそが大事だ」という人がいるが、全国連は、差別のなかで職を奪われ、生活を破壊された部落大衆の「物」の要求に徹底的にこだわるし、大事にする。生きる権利とそれをたたかいとろうとする真剣さなしに差別とたたかう団結など絶対につくれないからだ。これこそが全国連の三大闘争の考え方であり、「物とり主義」などとは無縁である。学生の発言は、「物」を要求することが「物とり主義」になるという浅はかな認識にもとづくものかも知れないが、しかし、この「物」にこめた差別への怒りを知らない者に「団結」を云々する資格など1ミリもない。

 ●いじょうのように、合宿における学生の発言は、住宅闘争と部落解放運動にたいする許すことのできない罵倒であり、部落大衆のたたかいを傷つけるものである。

 これが「学生内部の討論」だったとしても断じて許されるものではない。なぜなら、このような主張が学生のなかで行われることは、直接に住宅闘争や全国連を傷つけるものではないとしても、共闘関係にあるマル学同や革共同、それに指導される諸団体の認識を誤らせ、共闘の団結を破壊することにつながるからである。そもそも、「学生内部」であろうが、「外部に向けて」であろうが、住宅闘争を傷つけ、全国連を根本から否定するような発言が行われていることじたいが断じて許されないのだ。事実が徹底的に糾明・確認され、徹底的に正されなくてはならない。

ⅱ、部落出身学生の部落解放運動にかける思いをふみにじる差別的主張

 ●この事件は第2に、Aさんの部落解放運動にかける思いを踏みにじる許し難い差別行為だということである。

 ●「全国連は物とり主義だ」という主張が、Aさんにたいして行われたということの持つ意味は重大だと考える。つまり、これが、全国連の広島支部や中央本部にたいして「全国連の運動はこうあるべき」というような議論ではなく、Aさんを全国連から引き離そうとする意図をもった議論としか考えられない形で行われたからである。実際にAさんはそう受け止めて、自分の人生と命をかけたたたかいが否定されたともいえる非常な衝撃を受けたのである。

 ●Aさんが学生運動に参加したこころざしは、部落解放運動と真に連帯する学生や労働者のたたかいをつくりたいということであった。これは、Aさんじしんの体験と、福島町でともに生きる子どもたちや、親たちの願いを体現したものでもある。Aさんは、中学時代に同じ地域の中学生にたいする激しい差別を体験し、福島町での学促運動にリーダーの一人として取り組み、福島町の子どもたちや青年による差別とたたかう団結づくりのためにたたかってきた。そして、そのなかから、ともにたたかっていける「解放研」の運動を自分の手で学生のなかにつくりあげようとしてきたのである。

 もちろん、それだけではない。Aさんは、部落差別を生み出す根源が帝国主義による階級支配にあることを知り、だからこそ、部落解放運動の直接の利害を越えて、帝国主義の階級支配を打ち倒すプロレタリア革命の担い手となり、労働者階級のたたかいの先頭に立とうとこころざしていた。しかし、それは、全国連を大きくしたい、部落解放運動を福島において本当に大きくつくりあげ、同級生や親たちが自己解放の主人公として、胸を張って差別にたちむかっていけるようにしたいという思いと一体であった。

 理屈だけで世の中が変わる訳ではない。労働者階級は帝国主義を打ち倒す主人公である。しかし、労働者は理屈で立ち上がる訳ではないのだ。賃金奴隷として徹底的に搾取され、虐げられている現実にたいする激しい怒りこそその力の根源である。そして、まさに福島の部落大衆が差別され、分断されている現実こそ、労働者階級の生きた現実なのだ。これにとことんこだわり、これを変えたいという思いと別のところにプロレタリア革命などあるはずがない。

 ●ところが、Aさんの、この全国連の建設にかける思いが、こころざしを同じくする仲間だと思っていた人たちから「物とり主義だ」と否定されたのである。この悔しさはいかばかりだったか。同じ地域に住む子どもが、修学旅行にさえ行かせないという差別(観音中学での差別事件)を受けた悔しさと怒り、この子たちが自己解放の主人公として立ち上がれるような団結をつくりたいと思う気持ちが、「物とり主義」だとでも言うのだろうか。このAさんのこころざしは、「マルクス主義ではない」「戦線主義だ」などとして否定されるものなのか。断じて否である。こうした学生の主張は、福島町をはじめとする全国の部落で、激しい差別を受けながらそれとたたかい、自己解放の団結を打ち立てようと必死にたたかう三百万部落大衆全体にたいする侮辱であり、差別である。

 本当に許されない。このAさんにたいする謝罪が行われ、Aさんのたたかいの意志と確信が回復されることこそ、この問題の原点でなければならないのだ。

ⅲ、糾弾闘争を否定し、糾弾闘争に敵対する差別的主張

 ●この事件は第3に、差別糾弾闘争にたいする許すことのできない敵対、部落解放運動そのものを否定するに等しい行為だということである。

 ●「糾弾は人格を否定する行為だ」と言って、事実確認会への出席を拒否した学生の責任者N君は、組織内外に「差別事件はでっちあげだ」と主張する文書をばらまき、そのなかで、「糾弾は人格を否定する行為だ」と言ったのは、「糾弾の全面否定のためではない」「相手にたいして全面的な自己批判と謝罪を要求する糾弾という行為は、それじたい相手の人格を否定する行為」「むしろ、ときとして相手を全面的に否定してでも糺さなければならないことがある」「だから、そういう場合にのみ、われわれは糾弾するのだ」「安易な糾弾は、取り返しのつかない分断を生み出す」「糾弾にはそういう重みがあることをわかっているのか」というものとして言ったのだと主張している。

 しかし、この主張は、「時として……」という項目をのぞけば、糾弾を否定する法務省見解とまったく同じである。あたかも、糾弾が「時として必要なこともある」かのように言っているが、それは、きわめて例外的な、特殊なケースとされ、むしろ、「かるがるしく糾弾などしてはならない」ということに主眼がおかれている。

 だが、こういう主張こそが、糾弾闘争の全面否定に他ならない。わかりやすく言えば、「糾弾は、極悪の差別主義者のようなものにだけ許される行為だ」と言っているのである。しかし、部落差別というものは、極悪の差別主義者による差別言動よりも、身近な親友や恋人、つれあい、同級生や職場の仲間など、もっとも信頼すべき人々による「無自覚な」言動によってこそ、もっとも部落民を傷つけ、人格をずたずたに引き裂くのだ。部落民の誰一人として、天皇主義者のような極悪の差別主義者から差別されて「自殺」するものなどいない。ぎゃくに、もっとも信頼する恋人や友人、同僚や同級生からの差別によってこそ、「自殺」においやられるほどの苦しみを受けるのである。こういう部落差別の現実を、水平社創立の中心人物の一人であった西光万吉は、「生きたまま心臓をえぐられる」と表現している。

 糾弾とは、こういう部落差別にたいして、部落民にとってはみずからの人間としての尊厳を取り戻す行為であり、自己解放の主人公としてみずからを打ちたてるたたかいなのである。そして、差別によって引き裂かれた友人や同僚らとの信頼と団結をとりもどしていくたたかいなのだ。そして、だからこそ、糾弾とは部落解放運動そのものなのである。

 糾弾を、きわめて例外的な、特殊なケースのみに限定せよなどと主張するN君の主張は、部落民に「人間として主張するな」という主張をあびせるに等しい、極悪の差別主義的主張である。部落出身の学生活動家が、信頼と団結の回復を求めて糾弾していることにたいして、相手がどのような苦しみをかかえ、苦闘し、乗り越えようとしているのかについて何一つ真剣に考えず、「それでは団結できない」などと「団結」のから叫びをもって糾弾を否定する行為は絶対に許されない。

 この糾弾の否定は、直接の合宿での「物とり主義」発言よりも重大な、Aさんの人間としての叫びを踏みにじり、部落解放運動を否定する差別的主張である。こういう主張は、本人が否定するところの徹底的な糾弾によってこそ真に糺されなくてはならない。

3)糾弾闘争の獲得目標

ⅰ、部落解放運動解体攻撃を打ち破る陣形をつくるたたかい

 ●第1に、この糾弾闘争は、こんにちの帝国主義権力による部落解放運動解体の差別攻撃を打ち破るたたかいそのものだということである。

 ●広島での学生の主張は、こんにち、大阪や奈良をはじめとして、国家権力、行政、マスコミによる部落解放運動解体のために繰り広げられている主張そのものであり、まさに、それに屈したものに他ならない。そうした反動的主張が、共闘のなかにまで浸食している現実を示している。このことに、わたしたちは真剣に目をむけなければならない。こういう現実を払拭して、労働者や学生のなかに、部落差別のせん動とたたかい、部落解放運動と真に連帯、共闘していく立場と力をうちたてていくために、わたしたちじしんが真剣にならなくてはならないということだ。

 部落差別の現実や、これとたたかう部落解放運動の本当の姿、その苦闘などについて、労働者や学生が知らないのは、ある意味で当たり前なのだ。それは、部落民の側から、部落解放運動の側から知らせ、共にたたかうことを呼びかけ、働きかけることなしには決して生み出されない。わたしたちじしんの努力によって、わたしたちじしんのたたかいによって、部落差別の真の現実、部落大衆の怒り、部落解放運動の真実の姿を示さなくてはならない。そして、学生や労働者のなかにともにたたかう陣形を打ち立て、「味方」に獲得する、本当の仲間をつくっていくということなのである。これこそが部落解放運動の本筋である。そのためにこそ、この糾弾闘争を位置づけ、たたかわなければならない。

 ●また、この糾弾闘争は、労働者にとっては、権力や行政による部落解放運動絶滅の攻撃の先兵に労働者を仕立てようとする攻撃を打ち破り、帝国主義を打ち倒す本物の階級的団結を打ち立てるたたかいである。

 こんにちの部落解放運動絶滅攻撃のなかで、大阪では、自治労の労働者が、ホームレスのテントを暴力的に撤去するために動員されたり、生活保護の打ち切りの先兵にされたり、同和住宅から部落大衆をたたき出す先兵にされるような事態が起こっている。これは、労働者が直接に部落大衆を迫害する手先にされるだけでなく、みずからの労働組合としての、労働者階級としての団結を解体していくことにつながるのである。

 この糾弾闘争は、このような権力、行政による労働者にたいする分断の攻撃を乗り越えて、部落解放運動と真に連帯する階級的立場を打ち立て、真の階級的労働運動をつくりだす決定的な一環をなすたたかいである。すべての労働者が、広島における学生の態度をみずからの問題として真剣に問い、それをみずからのたたかいとして糾弾し、乗り越えていくべきだと考える。労働者にはその力があるのだ。

ⅱ、水平社の敗北の教訓に学び、乗り越えるたたかい

 ●第2に、この糾弾闘争は、全国水平社の敗北と侵略戦争への荷担という歴史の教訓に徹底的に学び、同じ誤りを繰り返さず、それを乗り越えていくたたかいだということである。

 ●水平社の敗北は、とことんたたかったが、矢つき刀折れて倒れたというものではない。最後に差別とたたかわない道を選び、みずからの手で差別とたたかう団結を投げ出した結果、水平社の解散と侵略戦争のお先棒をかつぐというみじめな敗北の道にころがり落ちたのである。

 これは、もちろん帝国主義の国家権力による攻撃である。だが、それを水平社と階級闘争の内側で主導したものがいたのだ。当時の日本共産党である。共産党の主張は、「糾弾闘争は、労働者の団結を破壊する」というものであり、それにもとづいて、「糾弾闘争はやめるべきだ」「水平社は労働者の団結の妨害物だから解消すべきだ」というものであった。そして最初は、「水平社をやめて労働組合や農民組合に入れ」といい、つぎには、「水平社ではなく、『部落委員会』をつくって地域で環境改善や世話役活動をやるべきだ」といって、身分的差別とたたかう部落民の全国的な単一の団結体としての水平社を否定して、地域ごとにばらばらに分解していったのである。この「部落委員会」なるものは、最後には融和事業の受け皿を融和団体と競いあうまでに陥っていったのである。まさに、水
平社の末路は、「全国に散在するわが『特殊部落民』よ、団結せよ」という、部落大衆が自主解放の誇りに燃えてぞくぞくと立ち上がっていったたたかいの原点、身分的差別とたたかう部落民の団結を、みずからの手で投げ捨てた結果なのである。

 ●だが、いま、このときの共産党の「水平社解消」方針と同じものが、全国連と共闘関係にあった革共同のなかでささやかれはじめている。広島での学生の主張、とくにN君の主張はその現れである。また、革共同の政治局は、こんにち、N君らを擁護して、「差別事件はでっちあげだ」「事実確認会になどでる必要はない」などと主張しているが、それを「正当化」するために、共産党による「水平社解消」方針とまったく同じことを主張しはじめているのである。「革共同第24回全国委員会総会」に出された政治局の文書では、「『部落差別とは部落民にたいする政治的・経済的・社会的・精神的=全人格的な抑圧』というのは正しくない」とか、「『部落解放運動は、帝国主義の身分的差別のもとにおかれた部落民じしんの自己解放闘争でなくてはならない』というのはマルクス主義がわかっていない誤りだ」などという主張が出されている。これは、全国連の「2回大会テーゼ」を根本から否定するものだ。そもそも、部落解放運動が「部落民じしんの自己解放闘争」ではないというのなら、全国連という組織など必要ないことにされてしまう。これこそ、侵略戦争のさなかで、部落差別をフルに使った差別分断支配の攻撃が吹き荒れ、水平社にたいする弾圧が吹き荒れているなかでとった共産党と同じ主張なのである。こういうでたらめな主張を、いま、部落解放運動絶滅の攻撃が吹き荒れているまさにそのときに、革共同はとりはじめたのである。
よく「歴史は繰り返す」と言われるが、まさに驚くべき出来事である。革共同であれ誰であれ、こういう時代には、こういう主張をするものが出てくるのは不可避だということだ。

 だが、問題は、全国連じしんにある。当時は「全国水平社」、こんにちでは「全国連」という身分的差別とたたかう、全国的な、部落大衆の団結体はかけがえのないものである。この団結を、わたしたちじしんの手で、帝国主義権力をはじめとするあらゆる反動から守り抜き、差別糾弾闘争をつらぬき通して、労働者階級のなかに「差別糾弾闘争は正義だ」「差別糾弾闘争と連帯してたたかおう」という意志を打ち立てていかなければならない。当時の水平社ができなかったことを、いま、同じ情勢のなかで、わが全国連は部落解放の大事業のために成し遂げていかなくてはならないのである。

 ●しかし、労働者は、N君や、それを擁護する革共同政治局などの態度とはまったく逆に、差別糾弾闘争をいやがり、敵視するような態度は絶対にとらないと確信する。実際に、水平社の時代においても、高松闘争をはじめとして、労働者は共産党の「指導」を乗り越えて差別糾弾闘争との共闘に、いや差別糾弾闘争をみずからのたたかいとしてぞくぞくと立ち上がっていったのである。そしてまた、現在においても、帝国主義権力による部落解放運動絶滅の攻撃にたいして、「全国連とともにたたかう」「自分たちの手で全国連を未組織の地域につくりたい」とする労働者の決起が広範に生まれているのだ。

 この広島での事件にたいする糾弾闘争は、部落解放運動解体、「全国連解消」の主張にたいするたたかいであり、全国連の差別糾弾闘争を労働者階級のなかに本当に打ち立て、これとの巨大な階級的共同闘争の陣形を打ち立てていくたたかいなのである。

 こんにちの権力・行政による部落解放運動解体攻撃は、国家権力による恐るべき部落差別せん動そのものである。狭山闘争を基軸に大糾弾闘争をたたきつけなくてはならない。奈良での狭山集団登校復活は、そののろしだ。同時に、このたたかいは、部落差別によって労働者を分断し、自治労や教労をはじめとして労働者を差別の先兵にしたてようとする攻撃にたいして、部落大衆と労働者階級がひとつに団結して帝国主義の階級支配を打ちたおすたたかいでもある。広島での事件にたいする糾弾闘争は、この水路を圧倒的にこじあけていくものと確信する。

ⅲ、原則的な糾弾闘争を貫徹しよう!

 ●第3に、いじょうから、あくまで原則的に、徹底的に糾弾闘争として貫徹しようということである。

 ●広島での事件は、共闘関係にある組織と個人による差別事件である。それゆえ、このたたかいは、国家権力にたいしてとるような、それを打倒するというものではなく、真の共闘陣形の確立、差別分断を乗り越えて、国家権力とたたかう階級的な団結を真に打ち立てるためのたたかいである。しかし、だからこそ、あいまいさを残さず、もっとも原則的に、厳格に取り組まれなくてはならない。本物の信頼、本物の階級的団結を打ち立てるのである。

 ●こんかいの差別事件の直接の契機となったのは住宅闘争である。住宅闘争は、国家権力にたいする全国的な、部落ぐるみの大糾弾闘争である。だからこそ、広島の事件にたいする糾弾闘争は、住宅闘争という一個の巨大な国家権力にたいする糾弾闘争の陣形を労働者階級と学生の全体を網羅してつくりあげていくたたかいになるに違いない。いや、住宅闘争の真の意味を労働者階級の全体に浸透させるたたかいとして、全力をあげて取り組もう。

4)マル学同と革共同にたいする要求項目

ⅰ、関係者は、事実確認会に出席せよ!

 いま、N君をはじめとする関係者は、事実確認会への出席を拒否し、その裏で、「差別事件はでっちあげだ」などと言って革共同の組織や共闘関係の諸団体、諸個人を組織しようとしている。しかし、そうであれば、なぜ、堂々と事実確認会に出席して「真実」を明らかにしないのか。

 そもそも、N君らが行っている行為は、古今東西の差別者が糾弾闘争を前にしてとった態度と何一つ代わるものではない。「マルクス主義」に名をかりて「階級的団結」などと主張しても、結局のところ「糾弾はこわい」という差別主義的な態度とうり二つなのである。本当に「マルクス主義者」なら、本当に「階級的団結」を求めるのなら、また、本当に「部落解放運動をともにたたかう」というのなら、ただちに事実確認の場に出席し、住宅闘争をたたかう人々、部落大衆の前で、自己の思うところを堂々と述べよ。

ⅱ、関係者は、全国連広島支部をはじめとした部落大衆に謝罪せよ!

 N君をはじめとする関係者の態度は、全国連(広島支部)という一個の大衆組織の存在とたたかいにたいする侮辱であり、敵対である。これは、全国連と三百万部落大衆全体にたいする侮辱、水平社いらいの部落解放運動にたいする侮辱でもある。

 関係者は、事実確認会の申し入れにたいする傲慢な開き直りの態度をただちにやめ、全国連広島支部をはじめとした部落大衆にたいして真摯に謝罪せよ。

ⅲ、革共同は、「差別事件はでっちあげ」なる政治局の規定をただちに撤回し、Aさんおよび全国連にたいして謝罪、自己批判せよ! 差別事件をひきおこした当事者にたいする組織的な擁護の態度をただちにやめ、全国連にたいして謝罪せよ!

 革共同政治局じしんが、いまや差別事件の当事者である。革共同政治局は、N君ら当事者とともに事実確認会に出席せよ!


【資料1】 2007年10月4日 AさんとN君の電話でのやりとり

 内部的に予定していた事実確認会の場を、会場問題を口実に反故にしてきた際のもの

ⅰ、会場問題を口実に、事実確認を拒否

■N あのねぇ、Aちゃん。僕は党の規律に違反することは死んでもしない。…そういう人間です。党の決定を死んでも守る人間です。

○A ここで確認したと言っとるよ、父さんは。

■N そちらに行くことはできません。だからねぇ、僕と会って話しをしたいというなら、…

○A したがわない、それは。

■N でしょ。だとしたら、この話しは一回…

○A 来たらいいじゃん。

■N ダメです! 断ります!

○A 理由は?

■N 僕はねぇ、革命組織の一員であって、一緒に会議をやって決めたことを破ることはできない。

○A ここで決めたと言っとるよ、父さんは。

■N …そこに不一致点があるんですよ。僕は従えない! 悪いけど! 僕とあなたのお父さんとの間にくいちがいがあるんですよ。

○A 結局…こっちに来てよ。来ればいいじゃん、だから…。なんでそんなにこだわるん? 場所に?

■N あのねぇ、組織の規律に違反したあなたのお父さんを許すことになるから…。

○A 組織に違反した? その前に、事実調べが先じゃろ…。

■N ちがうね。

ⅱ、「糾弾は相手の人格を否定する行為」

■N あのね、Aちゃん。…の可能性だってあるんだよ。その可能性だってあるんだよ。僕は断言できるよ、差別はなかったと思っているし…。

○A そういうふうに言い切ることがおかしいじゃん!

■N あなたもし、これが誤りだったら大変なことになると思っている? 糾弾というのは相手の人格を否定する行為なんだからさぁ。もし誤りなら大変なことなんですよ…。


【資料2】2007年10月15日 第1回事実確認会 広島・全国連会館

(○は全国連、■は学生)

(1)事実関係について

■N 「事実関係については、こちらに届いた文書からの見解を述べたいと思います。」

○B 「まずはAちゃんから話さんとわからんよ」

○A 「今回は学生の夏の合宿で、『前進』という新聞の勉強会に一日だけ参加してきました。それで、7月テーゼというのがでて、そこの中身から『全国連を批判しているのではないか?』と言ったら、『それは違う』という学生がいて、『この論文は差別とどうたたかうかの内容がなくて、部落出身者はこうあるべき、こう従えと書いてあるのを受け止めました』と言うと、『いまのあなたが戦線主義そのものだ。全国連のことしか考えていない』と言われて、『どこが?』ときくと、『今の全国連がそうだ。全国連は物取り主義だ。例えば、住宅家賃値上げ反対闘争がそうだ。労働者と連帯してたたかっていない。福島の住民は労働者集会に行っていない』『教育労働者は教育現場でたたかっている。部落解放は部落民だけでたたかえばいいんだ。援助するもんじゃない』というふうに言われて、全国連が物取りと言われて、そのときはかなりショックで、一緒にたたかう人が全国連をそういうふうに考えとるんじゃというのが、まずは受け止められなくて、言葉が出なくて、帰って報告してどうすればいいか、一ヶ月くらい考えて整理がついたんで、いまこうやってこの場を持っている状態です。」

(2)「全国連は物取り主義。たとえば住宅闘争がそうだ」について

■K 「全国連が物取り主義とは言ってない。」

(意見が飛び交う)

○C 「ちょっと待って。人として、Aちゃんがあなた(K)の口からその言葉が出たと言ってショックを受けてるんですよ。ほかの方がいろいろしゃべっているけど、物取り主義とはっきり聞いて、それまで二回会ったときもあなたの口から物取り主義っていう言葉がでたので、本部派のことを言っていると思ってたら、はっきり合宿のときに、『全国連は、』という主語がついたのですごくショックを受けて帰ってきました。そして、『どこが物取り主義なの?』と彼女が聞いたら、『家賃値上げ反対闘争がそうよ』とあなたの口から出たのだそうです。」

■K 「7月テーゼをめぐる議論のなかで、先ほども言ったように、Aさんは部落民に対してあーせえこーせえと言っているものと受け止めたと。だから、わたしは学生戦線だし、Aちゃんは部落解放戦線の立場だけでも、どちらも共産主義者の立場にたってたたかうことを考えようと伝えました。住宅闘争は、Aさんから話を聞いて、すごいたたかいであると知っています。ただ、今は物の取れない時代となっています。そのなかでたたかいをどういう方向へすすめるべきかAちゃんに問われていると。それで、物がとれたかで総括するのではない。階級的団結がつくれたかで決まる。だからいまの住宅家賃値上げ反対闘争は、もっと発展させていくものだし、勝利させていくには部落の労働者の団結が必要だと、Aちゃんに伝えました。」

○A 「言ってないと言ってましたけど、わたしはちゃんと聞いたし記憶にあるから、それでショックを受けてずっと腹がたったし、それ以上に一緒にたたかっとる仲間からそういう言葉が出るっていうのが…いままで2年間いろんな発言が出て、その度にわかってほしいから、『それは違う』と言って来たけど。まず『全国連の方針が違う』とNさんの口から聞いたし、では『何が違うのか?』と…」

○D 「Aちゃんごめん。伝えたいことがあるんだけど。今ね、Kさんが『物がとれたかどうかではなく、団結が一つの勝利の指標なんだ』と言われたってことは、物というのは住宅闘争では何を指すのですか。」

■K 「家賃の値上げを…もう一回差し戻させる、という意味で」

○Dさん「それがわたしたちの目的ですよね。今のあなたの言葉からすると物取り主義じゃないですか。」

■K 「いや、物取り主義ではない」

○D 「物ってのは家賃をもとに戻そうとしてるんでしょ。それで団結っていうのも、対立させたような形でものを言うたんでしょ。でもわたしたちは対比させてないですよ。団結と家賃値上げ反対はひとつのものなんですよ。たたかうなかで団結はできるし、団結がなかったら、あなたが言う物はとれないわけですよ。だから、そういうものなのに、あなたが『物をね』というところから、物取り主義だと言ったと思いましたけど、言ったことと同じですよ。その言葉を言わなくても。」

■K 「もうちょっと言っていいですか。いま法政大学のたたかいをやっているんですけれども、この間わたしたちがたたかいを深めていくなかで、結局学友会が解体の攻撃を受けて、今までの団結は何だったのかと。サークル自主運営でいこうとやってきたけど…」

○E 「ごめん。そういう意味で聞いてはないから。学生運動やサークル運動ではなく、今の発言に対してぱっと答えて」

■K 「だから、こういう観点でいっています。…」

(ざわつきだす) 「だから住宅闘争はどうなるのか。」

■K 「でも、学生同士の団結が強まれば、ものは取れなくても…」

○D 「悪いけど、これは物をとるためにたたかってるの、これこそ。」

■K 「これこそ、革命のためにたたかっているということじゃないですか。」

■K 「物がとれない時代だという話はしたと思うんですけど。」

○B 「Aちゃん。その前にKさんと2、3回話をして、物取り主義だと聞いてるんじゃな。」

○A 「うん。」

○B 「それはどういうふうに物取り主義だと。何を確かに物取り主義だと言ったの。」

○A 「住宅家賃値上げ反対闘争がそうと。ちゃんと言ったけえ、覚えとる。」

■K 「それどこで言った?」

○A 「どこでていうか、全国連の方針が間違っとるって。」

■K 「…(?)…」

○B 「合宿の前の話じゃろ。」

○A 「『全国連の方針が違う』ってNさんが言ったんよ、ここで。ほんで『どこが違うん』言ったら、中田書記長…」

○B 「ちょっと待って。合宿前に、会議をやったんでしょ。そのなかで、物取り主義の言葉が出てきたと。」

○A 「でてきたよ。」

○B 「それは最初解放同盟本部派のことだと。」

○A 「そう思っとったけえ、聞き流しとった。そこは」

○E 「だからあなたは話し合いの中で、全国連が物取り主義だと聞いたと。全国連の方針が間違ってると聞いたと。」

○A 「Nさんが、全国連の方針とやり方が間違ってるとはっきり言って、聞いて」

○N 「どこで?」

○A 「合宿じゃない。ここで。二人だけの会議の場で。」

○A 「合宿のときに。合宿の前のというのは、ふたりで会議をしとるときに聞いた。」

■K 「どういう話のなかで?」

○A 「あの、物取りだってことは聞いたことはあるなと。それは本部派のことかとおもよった。」

■K 「それは部落解放運動にたいしてそうおもよったってこと?それとも違う考え方で言ってたってこと?」

○A 「物取りだといっとったけえ、本部派のことを言っとると思っとって、それはきいとったけど、合宿ではっきりと住宅家賃値上げ反対が物取りだって聞いたから、それでゆ
るせんかった。」

(3)「中田書記長は全国連のリーダーとしてふさわしくない」について

■N 「このことについてぼくの認識が、指摘されたことと違った認識のままAさんに対して軽々しく言ってしまったことについて、非常に軽率だったということで、申し訳ありません。」

(4)「糾弾闘争は相手の人格を否定する行為」について

■N 「はい。ぼくはですね、この発言はAさんと電話でぼくはこのように言いました。『糾弾というものは、相手の人格をひとまず否定するものである』ということです。」

■N 「今、陶から来られてる代表の方の発言ですけれど、要するにぼくが糾弾が相手の人格を否定するもんだと、この考えはぼくは変わっていません。その根拠をきちんと説明したいので聞いてほしいです。」

(5)11月15日に第2回事実確認会を開くことを確認

○E 「これを第1回目の話し合いとして、きょうはじめて聞く話がたくさんあってね、内面びっくりしとるけれども、これを契機にこれを終わりじゃなくて。お宅らもBに対して言いたいこともあろうし、Bも言い返したいこともあろうけれども、どっちにしても相手をおもってやっていくこと。」

■N 「最後に自己紹介ですけど、わたしの発言にいろいろ弾劾の言葉がありましたけれども、それを無視しているわけではありません。ちなみにぼくは何者かといいますと、ぼく自身も被差別民です。部落の出身はないけれど障害者家族に生まれ、一家まるまる差別を受けた経験をしてきて糾弾してきた人間です。その上で、これからもっと正面から話し合いをしていけば必ずぼくの思ってる気持ちとみなさんの気持ちが同じだとわかってくれると思うし、その方向で二回目も真摯に話し合いたいと思います。」

○E 「はい、よろしくお願いします。」

ということで双方の意見のもと第2回目の事実確認会を、11月15日(木)19時~と設定して終了した。


【資料3】2007年12月2日 広島差別事件・事実確認会申し入れの報告

 先般の西日本代表者会議、および中央執行委員会での討議・決定に基づき、12月2日夕方、広島差別事件について、広島支部・中央本部・西日本代表者会議の三者代表が、前進社広島支社におもむき、事実確認会の申し入れを行ないました。三者代表団には、広島支部E支部長代行・同B書記長・同A青年部長、中央本部中田書記長、F中執(陶支部代表)の5名が参加しました。

 相手方は、革共同中四国地方委員会の委員長U、同書記長Yら4名が対応しました。

 別紙・申し入れ文の読み上げのあと、代表団による口頭での申し入れを行ないました。

 これにたいする相手方の対応は、慇懃無礼に終始し、「事実確認会や糾弾会には出席しない。これは革共同の24CC(全国委員会=中央委員会に相当するもの)総会の決定である」と主張し、挙げ句の果てにはE支部長代行やB書記長への非難を行ないました。

 代表団は、断固として抗議し、引き上げました。

 なお、今回の申し入れ自体への回答については、前記の対応に終始するなかで、「では、回答期日を待つまでもなく、本日でもって、事実確認会の出席を拒否するということが、最終的な態度なのか」と聞いたところ、あいまいな態度を示しました。

 実に許しがたい態度です。これとは別に、革共同はついに「広島差別事件はデッチあげ」と規定し、彼らの内部でふれまわっています。事実確認会すら拒否し、そのうえに「デッチあげ差別事件」と言うに至っては、もはや、矢田教育差別事件での日本共産党よりも悪質な差別主義集団と言うほかありません。絶対に許すことはできません。