-東北の労働者より-
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2008年 5月 29日(木曜日)
私は長い間組合活動をしています。生活の糧を得る労働現場は絶えず競争の仕組みが作られています。
1970年代は所属長が成績について査定をして賃金をあげたり下げたりする査定が行われ、今は、働きに応じた賃金をと言うスローガンで導入された職能給賃金で評価されてしまい働く労働者の団結はバラバラにされています。
1970年代、いわゆる総評労働運動の時代は今よりずっと平等さ、公平さを求めて「査定反対・配分は労働者の手で」をスローガンにして闘っていましたが、残念ながら、今、「経営者が恣意的に評価できる職能給賃金に反対する労働組合」は少なくなっています。
労働組合は、組合員の資格について「思想、信条、宗教、門地、性別」のいかんに関わらず平等な権利を与えなければならないとされています。
つまり、いろいろな考え、思いを持つ人が労働者としての社会的地位・労働条件の向上を求めて結集する仲間の集まりであると言うことです。
政治団体は「思想誓約集団」、つまり、、同じ考えに立つものの集まりで、同じ考えになるために、ひたすら学習を続けることを求められる集団です。
6.1集会が求めるのは「差別があったのかなかったのか」と言うことです。
Aさんが「差別発言を受けた」と言えば、片や「差別はない」と言い張る。真実はひとつしかない。事実の確認をすればすむ話です。
ここ十数年間、マスコミをにぎわした「いじめ問題」を思い起こすべきではないだろうか?
「いじめた覚えはない、死ぬほど思いつめるとは思わなかった」などの言い分の片方で生じた自殺。
労働者は職場では評価賃金で区別され、部落差別は日常生活で社会的に作られている。この社会的な構造を打ち破るには部落差別撤廃しかない。その運動こそが全国連の存在意義と思っています。頑張ってください。
1970年代は所属長が成績について査定をして賃金をあげたり下げたりする査定が行われ、今は、働きに応じた賃金をと言うスローガンで導入された職能給賃金で評価されてしまい働く労働者の団結はバラバラにされています。
1970年代、いわゆる総評労働運動の時代は今よりずっと平等さ、公平さを求めて「査定反対・配分は労働者の手で」をスローガンにして闘っていましたが、残念ながら、今、「経営者が恣意的に評価できる職能給賃金に反対する労働組合」は少なくなっています。
労働組合は、組合員の資格について「思想、信条、宗教、門地、性別」のいかんに関わらず平等な権利を与えなければならないとされています。
つまり、いろいろな考え、思いを持つ人が労働者としての社会的地位・労働条件の向上を求めて結集する仲間の集まりであると言うことです。
政治団体は「思想誓約集団」、つまり、、同じ考えに立つものの集まりで、同じ考えになるために、ひたすら学習を続けることを求められる集団です。
6.1集会が求めるのは「差別があったのかなかったのか」と言うことです。
Aさんが「差別発言を受けた」と言えば、片や「差別はない」と言い張る。真実はひとつしかない。事実の確認をすればすむ話です。
ここ十数年間、マスコミをにぎわした「いじめ問題」を思い起こすべきではないだろうか?
「いじめた覚えはない、死ぬほど思いつめるとは思わなかった」などの言い分の片方で生じた自殺。
労働者は職場では評価賃金で区別され、部落差別は日常生活で社会的に作られている。この社会的な構造を打ち破るには部落差別撤廃しかない。その運動こそが全国連の存在意義と思っています。頑張ってください。






