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6・8三里塚現地闘争に行ってきました

6・8三里塚現地闘争に行ってきました



狭山支部です。

 三里塚反対同盟の呼びかけにこたえ、首都圏の全国連は市民の会の仲間とともに、三里塚現地闘争に参加してきました。

 集会での全国連の発言は、広島差別事件徹底糾弾のたたかいを玲ちゃんや広島の青年とともにたたかってきた狭山支部の青年がおこないました。

 三里塚現地の緊張感のなか、直接の表現はおさえつつ全国連大会の報告やこの間の集会のこと、そして反対同盟とともに三里塚闘争の勝利の日まで、ともにたたかいぬく決意をのべてきました。

 黙ってうなづく人、「異議なし」という人や、また拍手でこたえてくれる人たち、さまざまな形で、全国連支持を表明してくれました。

 以下は6・8の全国連青年の発言です。

6・8三里塚現地闘争での全国連青年のアピール

 本日の集会に結集された、たたかう仲間のみなさん

 三里塚芝山連合空港反対同盟のみなさん

 部落解放同盟全国連合会を代表して、あらためて熱い連帯と、共にたたかう決意を述べたいと思います。

 何よりも反対同盟のみなさん、私たち全国連はさる4月12日と13日の二日間、大阪の地で第17回大会を行いました。
 全国連結成いらいの全国連運動の総括と、また戦争と差別の時代における新しい解放運動、地に足のついた堅実な、自立した解放運動の産みの苦しみの中にあった私たちの大会でした。
 あえて言えば第2の創立大会ともいうべきこの大会に、反対同盟の皆さんは、三里塚の厳しいたたかいのさなかにあるにもかかわらず、私たち全国連を支え、熱い連帯の心を伝えてくれました。
 本当にありがとうございました。
 今日ここにきてもまだ、感動と、感謝の気持ちでいっぱいです。

 さて全国連は17回大会で生まれ変わりました。
 あらためて水平社の原点に立ち戻り、水平社宣言でいう「われらの中より人間を尊敬することによって自らを解放せんとする者の集団運動を」いまこそ創りあげなくてはいけない、まさにそういう時代にいま入ったのだと思っています。
 全国連の3大闘争である、差別徹底糾弾闘争、生活要求闘争、階級的共同闘争の真価が問われる時代になったということです。

 狭山闘争においては、5・23全国統一闘争としてやりぬきました。
 各地でさまざまな取り組みがもたれ、狭山現地では、さまざまな市民団体、個人が、現地調査や学習会への参加をかちとり、本当に草の根的な運動になっていく展望を握り締めることができました。
 狭山第3次再審闘争は確かに門野体制のもとで非常に厳しい状況にありますが、そういう中で、全国各地での創意工夫した取り組みや、そして新たな共闘組織の形成や、何よりも石川一雄さんの不屈のたたかいがある限り、その勝利は私たちのものだと思っています。
 全国連は10・31闘争を中央闘争としてたたかう事を決意しています。
 あらためて共にたたかわれんことをこの場を借りて訴えます。

 住宅闘争においても関西、中四国のたたかいが大きく前進しています。

 さらに、大会後の各地の集会では、全国連の組織のわかがえりがまさに実現しました。
 集会の組織過程から、議事、運営にいたるすべてにおいて、青年の力が圧倒的に発揮されました。
 差別糾弾闘争の主力が青年たちであることが参加されたひとたちに強烈な印象をあたえました。
 新生全国連として全国連運動と差別糾弾闘争の大きな一歩を開始しました。
 この力をもって、三里塚反対同盟との血盟をあらためて誓いたいとおもいます。

 全国連は三里塚闘争の洗礼をうけて誕生しました。
 思えば古い解放運動との決別を決意したのは、解同による三里塚処分でした。
 いらい私たちは三里塚のたたかいに学び、そしてともに歩んできました。
 85年の10・20闘争も荊冠旗と黄色いゼッケンで、当時の青年部が先頭でたたかってきました。
 いまこの三里塚の地に、暫定滑走路北延伸攻撃や市東さんの土地取り上げ攻撃がいっそう激しくなっています。
 わたしたちは、いまあらためて、反対同盟との血盟のもとに、全力でともにたたかう事を決意し、本日のたたかいの挨拶にします。
 ともにたたかいましょう。