諦めることなくともに徹底的に闘いたい (第3号より)
諦めることなくともに徹底的に闘いたい (第3号より)
2008年 5月 24日(土曜日)
全国連番町支部準備会 熊本 美延
部落差別をなくそうと、一生懸命闘い続けている若い仲間に対して、容赦なく浴びせかけられた数々の暴言。どれをとっても、私たち部落民を理解していない、理解しようとさえしていないからこそ出た言葉だと思います。
私の中での一番の怒りは、「住宅闘争は物取りだ」と言ったことです。私たちは物を取るために住宅闘争を闘っているのではありません。そこに、まだ、差別があるからです。声を大にして糾弾しているのが住宅闘争です。どんな結果になろうとも、差別あるかぎり、住宅闘争は闘い貫かなければならないと思っています。
私はたとえ相手が誰であれ、差別するもの、差別の考え方をもつものは絶対に許せません。わからないなら、わかるまで徹底的に論議し合い、理解を求めるべきです。それが糾弾です。それがなぜ人格否定に繋がるのでしょうか。人格を否定され、ショックを受けているのは私たち部落民のほうです。共闘の立場でありながら、何もわかろうとせず、歩み寄る努力すらしないのは、絶対に許せません。
部落差別との闘いは、本当に長く苦しいものです。しかし、みんながついています。ともに闘う仲間と、300万部落民が革共同に心底理解させるまで、私も諦めることなくともに徹底的に闘いたいと思います。
部落差別をなくそうと、一生懸命闘い続けている若い仲間に対して、容赦なく浴びせかけられた数々の暴言。どれをとっても、私たち部落民を理解していない、理解しようとさえしていないからこそ出た言葉だと思います。
私の中での一番の怒りは、「住宅闘争は物取りだ」と言ったことです。私たちは物を取るために住宅闘争を闘っているのではありません。そこに、まだ、差別があるからです。声を大にして糾弾しているのが住宅闘争です。どんな結果になろうとも、差別あるかぎり、住宅闘争は闘い貫かなければならないと思っています。
私はたとえ相手が誰であれ、差別するもの、差別の考え方をもつものは絶対に許せません。わからないなら、わかるまで徹底的に論議し合い、理解を求めるべきです。それが糾弾です。それがなぜ人格否定に繋がるのでしょうか。人格を否定され、ショックを受けているのは私たち部落民のほうです。共闘の立場でありながら、何もわかろうとせず、歩み寄る努力すらしないのは、絶対に許せません。
部落差別との闘いは、本当に長く苦しいものです。しかし、みんながついています。ともに闘う仲間と、300万部落民が革共同に心底理解させるまで、私も諦めることなくともに徹底的に闘いたいと思います。






