6・1集会を機に、福島地区住宅をまもるたたかいのさらなる発展を! (第2号より)

6・1集会を機に、福島地区住宅をまもるたたかいのさらなる発展を! (第2号より)

「同和住宅家賃値上げ反対運動を支える会」 呼びかけ人 森島吉美

 例えば、広島市の福島町。

 そもそもなぜ、雨が降り、太田川の水かさが増し、洪水が起これば、一番先に被害に見舞われるような地域に被差別部落の人が住まざるをえなかったのか? 彼らは広島市民の「人の防波堤」となっていた。しかし、彼らの家屋が水害に遭っても、その被害を広島市民は見てみぬ振りをしてきた。

 ところが、その洪水が被差別地域を越えて、彼ら市民の地域までも襲ってくると話は別だ。彼らはあわてた。ついに、太田川の改修工事に手をつける。そこで、「邪魔」になるのが、その川沿いに、必死に命からがらしがみつくように住み着いていた被差別部落の人々だ。彼らがいたら、工事が思うようにいかない。彼らを「だます」ようにその場から追い出す。追い出された彼らはどこに行けばいいのか?

 誰も好んで住もうと思わない川沿いに住まざるをえなかった彼らが、どこに住むことができたのか。川幅が広くなった分だけ、その居住地域が狭められた福島町の中に住む以外に方法はなかった。福島町はそれだけ密集地域となる。

 原爆で一番被害を被ったのは福島町の人々だ。身寄りが少ない彼らは疎開することもできず、町内に留まった。被爆後もその地から離れることもできなかった。当然放射能による被害を大いに受けた。

 戦後の広島市の再興。国際・平和・文化都市広島再興のために、又、福島に住む住民はその住処を明け渡すことになる。

 行政は、市民を水害から守るためといっては福島町に住む住民の住処を奪い、戦後の復興のためといっては、またもや彼らから住処を奪ってきた。

 彼らがそこに住まざるをえなかったのも、彼らがそこから外に出られなかったのも、その原因は、国や市の差別施策にあった。

 「住宅家賃値上げ」への闘いは、だから、そこに住む住民がどこにも移り住めない差別的状況が野放しであるという事実との闘いであり、そしてもっと重要なのは、差別が、どこに生まれたか、どこに住んでいるかによってなされる以上、この差別との闘いは、その場を離れては意味を成さないものであるということである。

 「住宅家賃値上げ」への闘いは、ひとがいう「物取り主義」とは程遠く、当然にしてなされるべきであった「差別解消」のための行政の怠慢に対する抗議であり、「誇りある故郷」を実現するための闘いである。

 住民のみなさん、「6・1広島真相報告会‐差別をぶっちぎるための新たな一歩」に結集し、その声を大にして、一つの夢の実現に向けて新たな歩みを開始しましょう!
 
住民が住宅の明け渡し、家賃値上げをゆるさない声を広島市にたたきつけた行政交渉
(2008.3.24)