実行委員会ニュース
6・1広島真相報告会参加のおねがい (第3号より)
2008年 5月 24日(土曜日)
福島・都・小河内地区住宅家賃値上げに反対する住民の会
原告団 団長 李 金異
五月もあとわずか。住宅問題も先のばしにされて、生活も物価高の中、苦しくなっています。
医療費、電気、水道等々、日常生活も昔とくらべれば奈落の底におちています。一家だんらん苦しいながらも力を合わせて、泣き、笑い、希望にあふれ頑張る力を持っていましたが、今日は国や県や市に背かれ、私達は明日の夢も無く、年々月日を重ねて、子どもたちは自分の事で親兄弟親類又住宅の事や他人の事など我知らぬ顔で自分本位に生きています。
運動本番の時、共に汗水を流し力強く部落差別とたたかい、石川一雄さん(狭山事件)の無罪へのたたかい、労働者との団結のたたかい、教職員の国歌-日の丸とのたたかいを連帯して運動して来た仲間に、住宅問題は "物取り主義だ"と言われ、"部落問題は部落の人がやればいい、我々が支援する事はない"と言われ、"何々主義者だ~"と言われて公然と運動を分裂させています。
私達は住宅問題、部落差別問題をだまって見過ごす事は出来ません。6月1日に差別をぶっちぎる広島大会を行います。住宅家賃を考える会の皆様は、必ず参加してください。
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3月24日、住民の会による対市交渉の場において、福島地区住宅とその住民の苦しみ、応能応益の家賃適用と明け渡しの不当性を、住宅部職員の目前に迫って訴える代表の李さん。 この部落民による生きるための必死な思いを、はたして差別者たちは理解しているのだろうか。 |
諦めることなくともに徹底的に闘いたい (第3号より)
2008年 5月 24日(土曜日)
部落差別をなくそうと、一生懸命闘い続けている若い仲間に対して、容赦なく浴びせかけられた数々の暴言。どれをとっても、私たち部落民を理解していない、理解しようとさえしていないからこそ出た言葉だと思います。
私の中での一番の怒りは、「住宅闘争は物取りだ」と言ったことです。私たちは物を取るために住宅闘争を闘っているのではありません。そこに、まだ、差別があるからです。声を大にして糾弾しているのが住宅闘争です。どんな結果になろうとも、差別あるかぎり、住宅闘争は闘い貫かなければならないと思っています。
私はたとえ相手が誰であれ、差別するもの、差別の考え方をもつものは絶対に許せません。わからないなら、わかるまで徹底的に論議し合い、理解を求めるべきです。それが糾弾です。それがなぜ人格否定に繋がるのでしょうか。人格を否定され、ショックを受けているのは私たち部落民のほうです。共闘の立場でありながら、何もわかろうとせず、歩み寄る努力すらしないのは、絶対に許せません。
部落差別との闘いは、本当に長く苦しいものです。しかし、みんながついています。ともに闘う仲間と、300万部落民が革共同に心底理解させるまで、私も諦めることなくともに徹底的に闘いたいと思います。
『守り抜きたい大切なもの』 (第3号より)
2008年 5月 24日(土曜日)
守り抜きたい大切なものは、持っていますか??
人によって大切なものというのは、
本当に違うと思うし
人それぞれの思いや考え方があると思う。
でも自分が、これだけはゆずれないという
何かを持っている人の強さは、
そこに曲げられない思いや信念があるから
強いのだと僕は思います。
大切なもの…、
宝物、思い出、家族、仲間、恋人、写真など
他にもいっぱいあると思います。
僕にとって、
〝守り抜きたい大切なもの〟は
『仲間』です。
どんな事があっても仲間がいたから、
乗り越えられる事ができたことがたくさんある。
仲間を信じていたからこそ
見つけられたものもある。
自分が持っている力は、
人を傷つけるための力なんじゃなく、
人を守るための力なんだっていうことにも気付いた。
だから僕は、最後まで守り抜きたい、
自分のゆずれない思いと守るための強さを持って。
俺の大事な仲間を傷つけたら、誰であっても
ぶっとばすという気持ちと共に頑張りたい。
みんな一人じゃない。
自分と支えてくれる
周りの人を信じて頑張ろう☆
共に立ち上がり、
向き合って行こう!!!
〝自分の守り抜きたい大切なもののために〟
第2回 6・1集会実行委員会 (第2号より)
2008年 5月 19日(月曜日)

6・1集会を機に、福島地区住宅をまもるたたかいのさらなる発展を! (第2号より)
2008年 5月 19日(月曜日)
例えば、広島市の福島町。
そもそもなぜ、雨が降り、太田川の水かさが増し、洪水が起これば、一番先に被害に見舞われるような地域に被差別部落の人が住まざるをえなかったのか? 彼らは広島市民の「人の防波堤」となっていた。しかし、彼らの家屋が水害に遭っても、その被害を広島市民は見てみぬ振りをしてきた。
ところが、その洪水が被差別地域を越えて、彼ら市民の地域までも襲ってくると話は別だ。彼らはあわてた。ついに、太田川の改修工事に手をつける。そこで、「邪魔」になるのが、その川沿いに、必死に命からがらしがみつくように住み着いていた被差別部落の人々だ。彼らがいたら、工事が思うようにいかない。彼らを「だます」ようにその場から追い出す。追い出された彼らはどこに行けばいいのか?
誰も好んで住もうと思わない川沿いに住まざるをえなかった彼らが、どこに住むことができたのか。川幅が広くなった分だけ、その居住地域が狭められた福島町の中に住む以外に方法はなかった。福島町はそれだけ密集地域となる。
原爆で一番被害を被ったのは福島町の人々だ。身寄りが少ない彼らは疎開することもできず、町内に留まった。被爆後もその地から離れることもできなかった。当然放射能による被害を大いに受けた。
戦後の広島市の再興。国際・平和・文化都市広島再興のために、又、福島に住む住民はその住処を明け渡すことになる。
行政は、市民を水害から守るためといっては福島町に住む住民の住処を奪い、戦後の復興のためといっては、またもや彼らから住処を奪ってきた。
彼らがそこに住まざるをえなかったのも、彼らがそこから外に出られなかったのも、その原因は、国や市の差別施策にあった。
「住宅家賃値上げ」への闘いは、だから、そこに住む住民がどこにも移り住めない差別的状況が野放しであるという事実との闘いであり、そしてもっと重要なのは、差別が、どこに生まれたか、どこに住んでいるかによってなされる以上、この差別との闘いは、その場を離れては意味を成さないものであるということである。
「住宅家賃値上げ」への闘いは、ひとがいう「物取り主義」とは程遠く、当然にしてなされるべきであった「差別解消」のための行政の怠慢に対する抗議であり、「誇りある故郷」を実現するための闘いである。
住民のみなさん、「6・1広島真相報告会‐差別をぶっちぎるための新たな一歩」に結集し、その声を大にして、一つの夢の実現に向けて新たな歩みを開始しましょう!
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住民が住宅の明け渡し、家賃値上げをゆるさない声を広島市にたたきつけた行政交渉 (2008.3.24) |
広島市営住宅の家賃値上げについて (第2号より)
2008年 5月 19日(月曜日)
元広島市議会議員 松井 邦雄
3月24日(月)広島市役所において、市営住宅の家賃値上げについての団体交渉がございました。市役所都市整備局住宅部は最高裁の判断に従うとおっしゃいますが、住民の会は判決後からが本当の闘いとおっしゃいます。
わたしは住民の会の立場で闘いたいと思います。それには住民の会が最後まで団結を崩さないことが必要です。生活が苦しいでしょうがぜひ供託だけはしていただきたいのです。
Aさんに対し「家賃泥棒」と差別発言をした方は、この問題の経緯を知らない人の発言だと思っております。
闘って生きる道を選ぶ (第2号より)
2008年 5月 19日(月曜日)
全国連差別糾弾闘争本部長 小森 勝重
第17回全国大会は、全参加者が熱く燃え上がり、荊冠旗がくくりつけられたその槍を、差別に向けて突き刺すような勢いあるものだった。結成がそうであったように、差別徹底糾弾の全国連の真価がまさに目の前で展開されていったのだ。広島差別事件糾弾の炎は、全国連の闘いの柱となってそびえ立った。
革共同は、差別糾弾から逃げ回り、挙句の果てに全国連を攻撃しているが、その道はかつて日本共産党が差別者集団として登場した30数年前の2番煎じでしかない。両者を鏡に映したように瓜二つである。彼らは日共が「全解連」をつくって部落大衆の分断を図ったように、部落大衆の分断と対立を全国連内部に持ち込むことで糾弾闘争から逃れようとしている。
また、広島差別事件を「広島問題」と呼んで真相を隠し、革共同の「内部問題」だと主張しているが、差別に内部も外部もなければ、党派的事情も、闘争路線もまったく関係ない。かつて日共が矢田教育差別事件で「教組の選挙をめぐる主張での記事だから、同和教育を批判しても差別にはならない」などといった。「革共同の内部問題だ」と主張することとどこが違うのか。
私たちは訴えます。差別に負けて、差別者に負けて糾弾闘争をあきらめるのか、闘い抜くのか。全国連はどんなひどい差別者集団であろうと闘い続けます。広島の青年部長を支え、広島の人々とともに闘い抜きます。
6・1広島真相報告会への呼びかけ (第2号より)
2008年 5月 19日(月曜日)
中島 千枝子 ・ 間宮 久子
Aさんのこの糾弾は、差別者が踏みにじった人間としての誇りと尊厳を奪い返し、差別者を糺し、差別のない社会をめざしてともにたたかう、部落民自己解放の精神のもえあがり。この世に満ちたあらゆる差別と不正義をともに打ち砕こうという、全人民への魂の呼びかけ。わたしたちひとりひとりが、涙と苦しみのなかから、自分自身と人間の解放をめざしてたちあがっていく自己解放のたたかいこそが、被差別人民と労働者人民すべての解放の道であるはず。
Aさんや、Aさんの呼びかけにこたえて起ちあがった青年たちをはじめとした全国連や同住連のみなさんは、腹の底から怒っています。今私達は全国連の青年を先頭とする部落解放運動をたたかう人々と共に新しい時代、新しいたたかいを作りだそうとしています。 広島集会をそのおおきな一歩としましょう。改憲をくいとめ、アジア人民、在日アジア人民と連帯してこんどこそ日本の侵略戦争を許さない人民運動の新しい時代を、ともにつくりだしましょう!
「いま、ここ」の差別問題を考える! (第1号より)
2008年 4月 08日(火曜日)
呼びかけ人代表 森島 吉美 (広島修道大学教授)

今、一つの解放運動が岐路に立っている。天から降ってくる解放理論(「マル学同」「革共同」)と地から噴出してくる解放理論(全国連)がぶつかり火花を散らしている。被差別当事者を、その運動理論の実践のために、単なる「兵隊」とおとしめる天の理論と、被差別当事者一人ひとりが自分の意志で人間解放に向かって動く地の理論が正面からぶつかっている。この衝突は、一見、内部抗争のように見えるが、こと差別問題に関する限り、単なる理論的衝突では済まされない。
天の理論の指導者は、部落差別問題、障害者差別問題といった個別的差別問題への関心より、抽象的、一般的、もっと言えば誇大妄想的革命理論に関心を持つ。「部落差別問題は部落民に任せておけばいい」、「確認糾弾会は人の全人格を否定する」、被差別当事者の個々の特定の活動に対して、「物取り主義」といった発言を平気でする。それも被差別当事者を目の前にして。
かつて、島根県の西部のT町の被差別部落を訪れたとき、そこの年老いた一人のおばあちゃんが、「先生、差別、差別と声を上げるのだけは止めてくれ、我々は、差別はじっと耐えることと決めました、誰にも何も要求はせん」と話していたのを思い出す。「我々が我慢さえすれば、自分の子や孫が、われわれが受けたほどの差別は受けん、そのためには差別を甘んじて受けること、抵抗はせんと決めました」「我々が死んだらこの部落に住む人はもういなくなる。誰も住む人がいなくなったら、この部落は自然消滅する。そう、晴れて部落がなくなる。そうなれば、自分の子や孫は差別を受けなくて済む、その日が早く来んかと、死ぬ日を今日か、明日かと待っている」
天の理論の教えは、被差別者をして、正にこのおばあちゃんが置かれている状況に追い込むことを明言しているに等しい。
差別問題へのかかわりとは、それとは逆に、このおばあちゃんの「声なき声」を天に届けと大きくしていくことである。
今回、具体的に、反差別の声を封じられたのは、ようやくにして自分の足で反差別に立ち上がったばかりの一人の女子学生であった。それも、それまで一緒に解放運動を闘ってきた学生仲間から。
彼女の怒りは、当然、その仲間に向けられる。しかしこの怒りは、差別野放し状態の中に放り込まれ、声も上げられず、住む場所を追われ、自分が生きていく希望さへ奪われた被差別当事者の「声なき声」を代弁している。
天の理論に特徴的なのは、例えば、被差別部落の人々、障害者一人ひとりの顔を見ようとしないところにある。被差別当事者の一人ひとりの声に耳を貸さない。「部落の人間、障害者、労働者等」と十把ひとからげに一つの言葉にくるんでしまう。差別との闘いは、被差別当事者の一人ひとりの顔を見、一人ひとりの声に耳を貸すことから始まる。
今日、力あるものに立ち向かう人々がどんどん孤立させられてきている。彼らの声がますます小さくなってきている。
独りになり、上げる声さへ失った人々に目を向け、耳を貸す、このことこそ解放運動の原点である。
「今、ここ」で差別と具体的に向き合って闘い続けている解放運動の仲間の皆様に、全国連広島支部、そして先の女子学生のこれからのあらたな闘いに、思いを共有することを熱く訴えます。彼らを孤立させないために、反差別運動の芽を絶やさないために!
私の訴えを聞いてください (第1号より)
2008年 4月 08日(火曜日)

わたしは部落だけでなく、大学で解放運動をつくるために人権サークルを立ち上げました。また、仲間の輪を広げようと積極的に全学連に加入し、全国の学生に部落解放運動を訴えるとともに、すべてのたたかいの先頭に立とうと志してきました。
ところが、去年の8月、広島大学生による「マルクス主義学生同盟」の合宿の場で、「全国連は物とりだ」「住宅闘争は労働者と連帯していない」と、自分の人生と命を懸けてとりくんできた部落解放運動を否定し、全国連を侮辱する差別発言が信頼を寄せていた仲間から浴びせられたのです。それらを聞いて頭が真っ白になりました。仲間だと思い、一緒にたたかってきた人たちが、全国連や部落解放運動のことをこんなふうに見ていたのかと思うと、本当に悔しくてなりません。
とくに、わたしは「住宅闘争は物とりだ」という発言は絶対に許せません。これは、部落に住む権利、差別とたたかうための団結をかけて明け渡し攻撃と実力でたたかっている福島町や全国の部落の人たちを敵対視しています。これはわたしが受けた差別にとどまらない、福島の全住民、全国の部落民にたいする許しがたい差別ではないでしょうか。
もうひとつ、付け加えたいことがあります。なんとこの学生たちは、三度にわたって話し合いや事実確認会への出席の約束を破ったのです。約束の時間が過ぎてから電話で「そちらには行けない」さらには「糾弾は相手の人格を否定する行為なんだよ」と、信じられない言葉が返ってきたのです。
本当に、悔しくて、悔しくて、涙が止まりませんでした。わたしは人間ではないのか。合宿での発言以上に、絶対に忘れられません。その後もNらは「差別などしていない」と傲慢な態度をとりつづけました。そのうえで「差別はでっちあげた」と言いふらしています。「革命」や「労働者の解放」だとか言う前に、人間失格だと思います。
かつて二重の差別によって自ら命を落とした弓場さんのことを知りました。糾弾さえ踏みにじられ、どんな思いで毒を飲んだのか、わたしには決して他人事ではありません。
でも、わたしは負けません。悔しさを怒り、糾弾の力に変え、差別糾弾闘争に起ちあがります。わたしのまわりにはたくさんの仲間がいる、このたたかいの中であらためて強く確信しました。マル学同の学生とそれを擁護する革共同を徹底糾弾し、必ず自己批判させます。どうか、わたしに力をかしてください。ともに、部落完全解放に向かって、吹き荒れる差別をはねかえしていきましょう。
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